Lynx in Winter

オオヤマネコの追跡

2022. 8. アップデート

第一章はこちらから

視野を広げる事で見えてきたこと

 

午前3時に行動するオオヤマネコの姿

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ひとつのこだわりを捨てる

今回、思い切って撮影地を変更した。

これまでオオヤマネコの生態の調査と撮影は、特定の地域(セントエライアス国立公園)のみで行ってきた。

ひとつのこだわり。それは定点観測、つまりひとつの地域に密着して長期間に及ぶ撮影を続けなければ、その動物の行動+動態を知ることはできないという考え。これは僕が撮影をする中で基本に添えていた考えでもあった。

しかし、多くの研究論文を読む中で、ある疑問が生じてきた。

「オオヤマネコという動物を知るには、いま見ている地域では狭すぎるのではないだろうか…」

 
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キナイ国立野生保護区

Kenai National Wildlife Refuge

アラスカ全体の視野を持って調べを進めると、カンジキウサギの数が急速に増えている地域がいくつかあった。そのなかでも特に劇的な変遷を見せていたのが、アンカレッジよりも南に位置するキナイ国立野生保護区だった。

 
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再生の森

ここキナイ野生保護区は、2015年に大きな山火事があった地域で、そのときにすべての木々は焼き尽くされ、ほぼすべての動物が逃げ出したという履歴をもつ土地だった。そして焼失の翌年から森の再生がはじまっていた場所である。

山火事から6年目の2021年、そこには多くの小動物がもどり、生活を開始していて、少しづつだがヘラジカなどの大きな動物も見られるようになってきているようだ。

ここに、まずは冬の10日間滞在をしてみることにした。

調査のためにGPSをつけられているヘラジカ

調査のためにGPSをつけられているヘラジカ

厳冬期でのテント滞在10日間

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トウヒの若葉を食べるカンジキウサギ

トウヒの若葉を食べるカンジキウサギ

 

リンクスとの遭遇

まだピーク時に比べて数は少ないように見受けられるが、多くのカンジキウサギと、オオヤマネコがいることがわかる。このことは、雪が降った後の動物の足跡の数と頻度で推測できる。

それにしても、このリンクスに遭遇するのが実に困難である。撮影前はいつも意気揚々と現場へ足を運ぶが、何日も歩いて、一日中探し回る日が続くと苦しくなる。

しかし目的はやはり変わらず、リンクスのハンティングシーンであるため、撮影を継続してゆく。気分を変えるために一日自然現象に撮影を変えてみたりもする。

 

情報+経験から仮説へ

視野を広げることで見えてきたこと

 

調べから導き出される視点の変更

客観的な研究論文(情報)と自分のフィールドワーク(経験)をかけ合わせてゆく、というのが僕の野生動物撮影の方法論になっている。そこからしか、自分の撮影の動機はうまれてこない。

これまで、セントエライアス国立公園というアラスカの限定されたエリアで、オオヤマネコ(以下、リンクス)の数を見てきた。情報ソースとしては、このエリアのすぐ北側の国立保護区域で行われている研究プロジェクトの論文を参考にしている。そして経験則の抽出は、この地域でリンクスの足跡を秋冬5シーズン(足掛け4年)調べ歩いたことからの直観によって、納得できたことを基にしてきた。

しかし、「特定のエリア」という僕自身の視野の狭さから、このリンクスという動物が、獲物であるカンジキウサギの数が減ることで、彼らもその地域で「餓死して数を減らしている」と勝手に推測していた。

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捕食関係

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話を戻すと、つまりカンジキウサギの数が減れば、リンクスはそれだけカンジキウサギを捕らえることが難しくなり、このエリアではカンジキウサギに続いてリンクスの数も減る。このことは他者がおこなった調査研究データと自分の経験からいっても、事実であった。

真夜中に行動を開始するフクロウ

真夜中に行動を開始するフクロウ

Image from: Northwest Boreal Forest Lynx Project 2019 Summary Report for Tetlin National Wildlife Refuge

Image from: Northwest Boreal Forest Lynx Project 2019 Summary Report for Tetlin National Wildlife Refuge

カンジキウサギの数の変動

このグラフを見ると、カンジキウサギは年によって数が劇的に変化する動物であることがわかる。

この変動の確かな理由はまだ誰も知らず、カンジキウサギが食べる植物の減少、定期的に広まる病気、リンクスによる狩猟圧、天敵によるストレスからのカンジキウサギの出産生理の停止など、諸説あるが推測の域をでていない。

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ある有益な情報

しかし、特定地域で調査していた研究チームのデータをにらみ続けていたときに、自分のなかにある疑問が生じてきた。

「果たして、オオヤマネコは獲物がいないからといって、そこで餓死するほど弱い生き物なのだろうか…。」

左の図は、ある研究者がリンクスにGPSを取り付けて、その動きを追ったもの。

リンクスは特定の縄張りを持たないことは知っていたが、これだけ遠くに移動してゆくということは想像すらしていなかった。

 
リンクスの生息域は北米全体に広がっており、ある一頭のリンクスは、その生涯のうちに3000kmも移動しているという。

リンクスの生息域は北米全体に広がっており、ある一頭のリンクスは、その生涯のうちに3000kmも移動しているという。

 
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頭に浮かぶイメージ

「カンジキウサギが取れないとわかれば、場所を変えるに違いない。」

そう考えだしたときに、ある仮説が浮かんできた。

左図:自分の中に浮かんできたイメージ

このことから考えられるのは、

「リンクスは、北米全体を歩き回り、カンジキウサギが多い地域に移動していく移住生活を基本にもつ動物なのかもしれない。」

ということだった。

カンジキウサギが姿を現すのを待ち続けるオオヤマネコ(前回シーズン2020年に遭遇したリンクス)

カンジキウサギが姿を現すのを待ち続けるオオヤマネコ(前回シーズン2020年に遭遇したリンクス)

そして早速、僕は撮影場所を変更しての行動をとった。

「セントエライアス国立公園でのリンクス撮影プロジェクト」を改め、

「北米におけるリンクスの動向を追う」というものに変えた。

そして、早速リンクスの生息地の南限であるオレゴン州でも撮影を開始。手始めの、いつものカメラトラップを3つ仕掛けた。

もちろん、この北米全体という規模では、自分ひとりでは手に負えないのはわかっている。しかし、大きな流れを掌握する程度に地域を変えて撮影をしてゆくことで、大陸規模での動物の動向が、なにか掴めるのかもしれない。

つぎの3年は、アラスカ州キナイ半島とオレゴン州東部を中心にオオヤマネコの撮影をしてゆくことになりそうだ

 
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オオヤマネコ - Lynx -

オオヤマネコは、夜行性の動物と言われるが、地域によっては薄暮性、つまり日の出と日没の前後によく行動をする個体が多い。その行動時間は、彼らの獲物となっているカンジキウサギに影響を受けている。

オオヤマネコが狩る動物の90%がカンジキウサギであるため、カンジキウサギの数が減ると、オオヤマネコの数もその地域で見れば減退してゆく。これは自然の正常なサイクルであって、オオヤマネコの数が減れば、つぎにカンジキウサギの数が増えるので、どちらの種も、自然に消滅してしまうということはないと考えられている。

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All images of the “Northwest Boreal Forest Lynx Project 2019 Summary Report for Tetlin National Wildlife Refuge” are from published research papers. If you have any questions or need to report, please contact Nakashima Photography. Thank you.

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